1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | - | -
一年ぶりの再会
昨年の夏に福島から疎開で家にホームステイしてくれはった母子は、

あれから様々な事情を乗り越えて 新潟へ引っ越さはりました。

 予定やら色々あって、なかなか新潟まで向えなかった私達の為に

金沢まで出向いてくれはり合流する事ができました。



あっという間に打ち解けて 娘3人仲良しです
CIMG0225.jpg

この子ら何話してるんやろなあ〜
CIMG0215.jpg

   仲良しやなあ〜
CIMG0227 copy.jpg

    兼六園で記念撮影
CIMG0231 copy.jpg

CIMG0236.jpg

向こうに見えますは金沢城でございます。


CIMG0245.jpg

人呼んで忍者寺  妙法寺http://www.myouryuji.or.jp/ヘ歩いています。
CIMG0248.jpg

予約制になっていて、小学生以下は入れませぬ。 
娘達3人が入場してまいりました。
CIMG0250.jpg

CIMG0259.jpg

CIMG0256.jpg
何やら中は複雑な創りで、落とし穴や落し階段、
そびえる屋根には物見台、など等見所が沢山あったそうですよ。

CIMG0252.jpg

娘らが拝観してる間に 旦那さんとも電話で 話せました。

福島で一生懸命働いたはります。今は家族離ればなれの
生活やけど

感謝の気持ちを持って生活したはる彼らの姿
勢を 尊敬します。



      その後  金沢の台所 近江町市場 へ行きました。
CIMG0266.jpg

飛び切り鮮度の良い海産物から青果、豆腐や湯葉、乾物などが並んでいました。


CIMG0265.jpg

CIMG0268.jpg

うわあああ〜マグロの目玉が売ってて驚きました!
CIMG0269.jpg

カジキマグロを見てびっくり
CIMG0273.jpg

CIMG0270.jpg

   青果店には、加賀野菜が並んでいました。
CIMG0277.jpg

そしてあっという間にお別れの時間に。。。

お名残おしや〜また会う日までお元気でね!
CIMG0279 copy.jpg




京都へ帰ります


  日本の美しい田園風景が、どれほどかけがえの無いものか、

  そういう特別な想いで田畑を車窓から眺めたのは初めての事でした。

311以来はじめて日本へ戻って来て 

 物を見る視点も感じ方も,何もかも全てが自分の中で変化していました。


  

ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



ガラス工芸 ブログランキングへ



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



Lubaさんからのメッセージ
 今日はLubaさんからのメッセージをお伝えしたいなと思って書いてます。

私のガラス工房へ可愛らしい娘さんと来て下さったLubaさん。
彼女は絵を描くのですが、その特技を使ってアートセラピストとして
家庭内暴力の被害者などトラウマの症状のある方達のカウンセラ−をしたはります。

何か手を動かして創作していると、自然とご本人が、心の中にある想いや出来事を色々と話し出さはるんやそうです。そして その工程がセラピーになるんやそうです。

Lubaさんはアメリカに移住して20年になりますが、
生まれ育ったのはウクライナです。

彼女はチェルノブイリ原発事故に遭っています。事故当時、情報が隠蔽された為に原発事故があったという事を知ったのは1週間後でした。当時は招集兵制度がありましたから、兵役に属していた伯父さんは夜中に突然招集をかけられて、チェルノブイリまで連れて行かれ,詳細も知らぬまま2週間 事故現場で作業に当たらされました。
こうして彼女や家族は被曝し,故郷は汚染されてしまったのです。

そんな彼女に 私は昨年母子疎開支援で知り合った方達や震災の話しをしました。
震災のトラウマを克服するにはとても時間がかかるだろうと彼女は言っていました。
これからもずっと心のサポートが必要なのだなと思いました。

原発事故で故郷が汚染され子供への影響を心配するお母さん達の話しや、

そのお母さん達の子供達が 大人が思っているよりも多くの事を理解していて、
でもその不安な気持ちを身内にも打ち明けられずにいる。そんな事を話したら 
何度もうなづいて「よくわかるわ,その気持ちよくわかる」と言わはりました。

彼女はチェルノブイリ原発事故の後、
自分達がウクライナのキエフ出身ということで、

まるで重い伝染病患者に接するような目で見られたりする時もあり、
とても辛かったそうです。だから日本の原発事故にあった人達が
娘は結婚できないのではないか、差別されないだろうか?
等と恐れて出身地を聞かれた時に一瞬言うのをためらってしまったり、
将来 病気になってしまうのではないか?
と不安に思い悩む気持ちが、とてもよくわかるのだそうです。


そして 優しい笑顔を浮かべた 澄んだ目のLubaさんは,
しっかりとした口調で、一言一言 噛み締めるように こう言わはりました。

「いくら後悔しても、思い返しても 
災難に遭ってしまった過去は 変えられません。

 What’s done is done 終わった事は終わった事。
病気になるのでは?などと悪い事が起こる可能性を考え続け
心配する気持ちに自分が占領されないようにしましょう。
不安な気持ちやストレスはかえって悪いものを引き寄せるのです。
恐れずに 移住先でも 今ある生活に感謝し、
ささやかな事でも楽しんで 生きていきましょう。
 Bring the best out of it   
自分が遭ってしまった最悪の経験からも最善のものを引き出す気持ちで 
前向きに生きていきましょう。
それは時として、とても困難なことだけれども、
でもそう努めて生きていくことが、とても大切です。」

今こうして移住先のアメリカで穏やかに暮らし 結婚して健康な娘さんにも恵まれ、
アートセラピストというお仕事で社会に貢献したはる彼女が言う言葉には
とても重みがありました。

当時事故処理にあたった伯父さんは

今でもお元気で移住先のアメリカで暮らしたはるそうです。




ブログ読んでくれはってありがとうございます。


どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



ガラス工芸 ブログランキングへ



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



March 11th Update: One year later
 Almost a year has passed since epic disaster struck Japan, which occurred on March 11th, 2011 . I would like to express my appreciation to those who prayed for the people who are suffering, volunteered for the rescue effort, and participated in fundraising. I received numerous phone calls from my friends and families from around the United States concerning my family in Japan and asking about the ongoing situation. The phone kept ringing all day. Thank you so much for thinking about us. I would especially like to thank those families in Portland, Oregon who opened their homes to mothers and children from Japan to stay last Summer and through Winter.
 I was very moved when I saw the list of families who were offering to host through our Hahako network, the on-line community for Japanese mothers who want to evacuate and host candidates from different parts of the world. Also by those who volunteered for our efforts by driving for shopping trips, lending kid’s supplies such as car seats and strollers and toys, coordinating play dates, etc.

It was such a treasure for us to be able to host a mother and her two daughters from Fukushima at our house . She is such a sweet , funny , friendly and kind person . She grew up in the area surrounded by beautiful natural environs . She had never lived outside of Fukushima . From her childhood she remembered her grandpa, who lost a leg to a war injury, getting on the ladder with one leg, working very hard to take care of his peach, cherry, and apple trees. Her father stood by his side, helping him on the farm since he was a child .
Now her brother and his family are working on the farm .
They were so proud of their produce, especially their award-winning delicious white peaches . But their farm was contaminated by the nuclear power accident at the Fukushima Daiichi Plant. Her sorrow is so deep I don't know how to express it in words .
When she was staying with us, she always tried to be helpful and thanked us every day, even for the simplest things we offered .
Before they arrived here, her kids hadn’t been allowed to play outside since the accident because of the radiation in the environment. Mayumi had been dreaming about taking her baby daughter for a walk with the stroller.
The very first day they arrived, we took a walk to the nearby park and her  year-old daughter crawled for the first time outside on grass. 8 year-old daughter got very excited, and ran around happily, but she often got tired quickly, maybe because she had been forced to play only indoors so long and was out of condition, or maybe it was from radiation exposure, I do not know . They weren’t feeling comfortable going to sleep in the dark room at night because they had been enduring aftershocks from the huge earthquake every day for over 4 months . They taught me to appreciate normal life as we enjoy it here . We laughed together a lot. After the kids would go to bed , we would sometimes stay up and talk till late at night. Sometimes we cried together as well . She and her husband were concerned about future discrimination against people from their region, such as the possibility their daughter might not be able to marry someone she likes due to the fact she is from Fukushima .
Since people in Portland were so open-minded and friendly, she started to relax and she told me that she felt more at ease about telling people that they were from Fukushima, more so than when they were in Japan .

I don't know how many families from the nuclear disaster area can actually afford to come to the States this year . Even many who didn’t lose their homes or families from the earthquake or tsunami, families from towns that have been affected by the nuclear accident, feel their homes are no longer a safe place to raise their children and have been hoping to relocate for the long term to another prefecture. These families still have to pay off their mortgages and property taxes and find new jobs . So spending a few thousand dollars to travel overseas for a few months is beyond the reach of many .

The families who want to home-stay these days are mostly from other radiation hotspot areas that weren’t directly affected by the Tsumami or earthquake, but have concerns about their small children's radiation exposure.

I feel sympathy to these mothers, yet my heart goes out to those people from the original disaster zone the most .

Since last year, I have hosted bake sales to raise money to donate
radiation counters to residents of neighborhoods in Koriyama-city, Fukushima Prefecture.
There are still lots of kids living in highly contaminated areas . By identifying high-radiation spots, I hope kids can at least avoid playing in those areas or avoid walking through such areas to get to school, and know which part of their local park is the safest area to play .
Our next bake sale will be held on Sunday, March 25th.
Thank you, sincerely,
Kurumi Conley





にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



集い
 福島からポートランドのホストファミリーの元で一時疎開で滞在したはった親子の

  最後の一組が、昨日 福島へ戻って行かはりました。

   帰らはる前に、少人数でしたけど集いました。

午後は仕事をちょいと早めに切り上げて、リンゴケーキを焼いて。。。
SAM_0713.jpg


あああ〜焼き過ぎてしまった。。。
でも食べれる範囲...と言うか,強制的に食べます!
SAM_0714.jpg

白あんの作り置きがあったんで、
もち米粉と少々の乾燥柚子皮と混ぜて、 もちケーキを焼きました。
SAM_0712.jpg

   外は寒いので、夕食は水炊きにしました。

  ちょいと見た目を良くしてみよかいなと思て
さっと茹でたホウレン草と白菜をくるりと巻いて鍋に入れました。

それから鶏肉と海老と野菜のシュウマイを作ってみました。
ちょっと仕上がりが柔らかかったですけど、
あっさりして蒸したては美味しかったです。

Akikoさんが持って来てくれはったゴボウサラダ美味しかったわあ〜
SAM_0716.jpg

  みんなで集まったときの話題は,やはり放射能汚染関連が多いんですけど、

    様々な話を聞いて いつも沢山の事を学ばせてもらってます。

         まあ〜色々ありますけど

これから 遠く離れても、お互いに強く朗らかに生きていきたいもんです。

     親子から こんなカードを頂きました。



    上手に ありがとう って書けたね 。

  ポートランドに滞在してくれはって ほんまに有り難うございました。

       会えてよかったです。

さて,今度は茨城の方から母子がホストファミリーの元へ到着しはったそうです。

         またお会いするのが楽しみです。




ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



ママの会
 
 先日の夜、母子疎開中のママさん達と地元ポートランドのママ達が集いました。

早めに手伝いに来てくれはった福島県出身のゆみさんと、団子を作りました。

 食後のデザートはこれですよっ (11月6日のBake Sale でも販売します)
SAM_0497.jpg

  料理が並んできます。これからまだ増える!

        地元のママ達もお惣菜を持ち寄ってくれはりました。


SAM_0494.jpg

福島のママさんがホームステイ先で寿司を作って持って来てくれはりました。

        とても美味しかったです。

        アメリカに住んでるとねえ〜

 こういう家庭的な巻き寿司を食べると なんかほっとするんですわ。
SAM_0508.jpg

農家直販で買ったプリプリのナメコ入りの味噌汁よそってます
SAM_0499.jpg
アメリカの米を安物の炊飯器で炊いているし、家の米飯はもひとつやけど堪忍え〜

狭い我が家に 大人が7人、子供が6人  

  みんなが座る場所が無い...すんません。  交代で食べてます。 


    授乳中の方と運転手以外は東北の酒を少々頂きました。
SAM_0500.jpg





この赤ちゃんも来週にはお母さんと日本へ戻らはる。

    これから先も避難生活は続くんやろけど、

 親と一緒に強く逞しく これから先の楽しい未来ヘ繋がっていく為に

 どんな障害も乗り越えて 再出発していけますように。


     また会える日を信じて抱っこ  

 お子さんの健やかな成長を願って止みません  

SAM_0514.jpg

  オレゴンから応援し続けますよ〜


ブログ読んでくれはってありがとうございます。


どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



栗拾い
 
   朝起きて散歩。

ハローウィンの飾りなかなか頑張ったはる家の前を通過。
SAM_0117.jpg

公園へ来ました
SAM_0114.jpg

リス冬支度で忙しく活動中。。。

SAM_0113.jpg
大きな栗の木ヘ向ってます

SAM_0111.jpg

夏の間は私の家に滞在したはった福島の母子とよく公園へ行きました。

福島のお母さんと一緒に芝生にねっころがって青空を眺めてたら

  「この自然と空気、全部持って帰りたいなあ〜」て言わはって

         私もお裾分けできたらなあと思いました。

          今は この栗をお裾分けしたいです。

SAM_0105.jpg

           ポタポタ毬栗が落ちてます。
SAM_0108.jpg

うおっ!見付けたあ(独りで盛り上がってます)

SAM_0106.jpg

        母子疎開のお母さん達が家に集わはる日やったんで、

          夕食に栗ごはんを作る事にしました。
SAM_0110.jpg

 日中は作業やら工房の仕事を頑張って。。。夕方は料理です。

滞在先のアメリカ人家庭では食べれないような、
ごく普通の家庭的な日本食をと思って用意してます。

福島から来はった 5歳君が餃子作りを手伝ってくれたはります。
SAM_0135_2.jpg

食事の写真を撮り忘れたけど

ちょっと餅米れて、お酒と塩で味付けした栗ごはん〜喜んでもらえました。

       夫は子供と戯れ。。。母達は集ってます。
SAM_0142.jpg

  食後はガラス工芸をしました。
SAM_0146_2.jpg
      皆さん来てくれはって ありがとうございました。




ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



福島からの呼びかけ武藤類子さんのスピーチ英語版Speech by Ms. Ruiko Muto from Fukushima

先日9月19日に6万人動員した日本史上最大規模の脱原発デモ

   「さようなら原発5万人集会」が行われました。


The biggest anti-nuclear power demonstration in the Japanese history: "Good-bye Genpatsu" rally in Tokyo drew 60,000

その際に福島の武藤類子さんのスピーチがありました。
    
http://hairoaction.com/?p=774
 
 静かで落ち着いたスピーチから伝わる彼女のまっすぐなメッセージは,
    どの有名なお方の言葉よりも心に響きました。
 
  私の友達 Akiko Yamada さんが英語に翻訳して下さいました。

       英語圏の方達にもお伝えしたいと思います。

This is a speech made by Ms. Ruiko Muto from Hairo Action Fukushima at Sayonara Nuclear Plants, the demonstration by 60,000 people in Tokyo on Sept. 19.

We want to deliver the message from Fukushima to as many people as possible.

****

Hello everyone. I’m from Fukushima.

I came here today with a lot of my friends packed in a row of buses from  Fukushima prefecture or from temporary shelters in other areas.

Many of us are new to this type of event or demonstration. We were motivated  to attend this event in order to share the agony of the nuclear plant disaster with other people and to say with our own voices that we don’t need nuclear plants.

First, I want to say that I deeply respect each and every one of you who has
 been working on any issues to protect lives in these tough days since 3.11.
 
And, I am grateful to the people who have lent warm hands and connected to support the people of Fukushima in various ways.
 Thank you.
 
Then, for children and young people who will bear the huge burden of this
 (nuke plant) accident, I must apologize as a member of the generation that created this situation.
I am sorry.
 
Now, everyone.
Fukushima is a beautiful place.
Hamadoori, where the deep blue Pacific Ocean lies to the east.
Nakadoori, with it's abundance of peaches, pears, apples, and other fruits.
The Aizu Plain, where golden rice crops await harvest, surrounding Inawashiro Lake and Mt. Bandai.
It is our homeland, with green mountains and clean water.
 
Since the nuclear plant accident on March 11, invisible radioactive materials fell to the pastoral landscape, and we were exposed to radiation.
 
Many things have happened to us amidst the confusion.
Community relationships were torn by the swift safety campaign and anxiety.

 
How many people suffered and grieved in their regions, workplaces, schools and homes?
 
Every day, we were pressed to make decisions:
Leave or stay.
Eat or avoid.
Have your child wear a mask or not.
Hang your laundry outside or inside.
Plow your field or not.
Voice your opinion or keep your mouth shut.
Many decisions were difficult.
 
And now, through these six months, we have learned:
Facts have been concealed.
The government does not protect citizens.
The accident has yet to conclude.
People of Fukushima are being used as guinea pigs in radiation experimentation.
A massive amount of radioactive debris remains.
There still is power to promote nuclear plants over huge sacrifice.
We have been abandoned.
 
We sigh in fatigue and senseless sadness.
But, we are driven to say:
“How dare you insult us,”
 “How dare you take our lives from us.”
 
The people of Fukushima are quietly standing up  in anger and sadness.
Mothers, fathers, grandpas and grandmas to protect children.
Younger generations to hold on to their future.
Laborers to help the nuclear plant technicians who are trying to contain the trouble while being exposed to radiation. 


Farmers in despair over their contaminated lands.
Disabled people to prevent new discrimination and division due to radiation.
 
All citizens who question the responsibility of the government and Tepco.
And, they speak up to say that we don’t need nuclear power anymore.
We are the Tohoku (northeast Japan’s) ogre burning flames of wrath in silence.
 
We the people of Fukushima, who leave the homeland or who stay there, are going to share anguish, commitment, and hope and support each other to lead a life.
 
Please connect with us.
Please pay attention to what actions we are taking.
 
Negotiation with the government, evacuation, lawsuits, recuperation, decontamination, measurement, and study of nuclear plants and radiation.We will travel anywhere to talk about the Fukushima disaster.
In fact, one of us is giving a speech in New York City today.
We will put effort into all imaginable ways of addressing this.
 
Please help us.
Please remember Fukushima.
 
I want to talk about one more thing.
It’s about how we live our everyday life.
 
We have to imagine what is going on at the other end of a power line to which  we casually connect a power plug.
We have to give our thoughts to convenience and growth that builds upon discrimination and sacrifice.
Nuclear power exists at the other end.
 
Humans are merely one species living on the earth.
Is there any other species that steals its own future?
 
I want to live as a decent being that is in harmony with this beautiful planet called Earth.
I want to lead a modest but rich and creative life using energy conservatively.
 
How do we create a new world that is opposed to nuclear power?
No one has a clear answer.
 
But, here is what we can do:
Not just follow what other people decide, each one of us must think seriously with our own brain, open our eyes, make a decision on what to do, and take action.
 
Remember each of us has the power.
We all have courage to change.
Regain our confidence that was stolen from us.
 
If the power to promote nuclear power is a vertical wall, our power is to spread and connect horizontally.
 
Let’s hold the  hand of the person next to you gently now.
Look at each other, and listen to each other’s pain.
Forgive tears and anger.
Spread the warmth in your hand to the whole of  Japan and the entire world.
 
No matter how heavy our burden is, or how demanding the journey will be, we will support each other, never looking away.
Let’s dance through to survive with optimism.


ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



福島の武藤類子さんのスピーチ
 日本のデモの様子をみていると、独特な雰囲気があるなと思います。

  各団体別に揃いの旗が掲げられ

 スピーカーからは警察の規制のアナウンスとデモンストレーターの怒声、
 
    そう言った物々しい雰囲気が 私は、どうしても苦手です。


けれども 福島のお母さん武藤類子さんの静かで力強く

 気持ちがストレートに伝わって来るスピーチには、とても感銘を受けました。

スピーチの一部を転載させて頂きます

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

はじめに申し上げたいことがあります。
3.11か らの大変な毎日を
命を守るためにあらゆることに取り組んできた
みなさん、ひとりひとりに
ひとりひとりを深く尊敬いたします。

そ れから
福島県民にあたたかい手を差し伸べ、つながり
様々な支援をしてくださった方々にお礼を申し上げます。
ありがとうございま す。

そして、この事故によって
大きな荷物を背負わせることになってしまった
こどもたち、若い人々に
このような現 実を作ってしまった世代として
心から謝りたいと思います。
本当にごめんなさい。

さて、みなさん。
福島はとても美 しいところです。
東に紺碧の太平洋を臨む浜通り。
桃、梨、りんごと、果物の宝庫の中通り。
猪苗代湖と磐梯山のまわりに黄金色の稲 穂がたれる会津平野。
そのむこうを深い山々が縁取っています。
山は碧く、水は清らかな、わたしたちのふるさとです。

3.11 原発事故を境に
その風景に目には見えない放射能が降り注ぎ
わたしたちは被曝者となりました。

大混乱の中で、わたしたち には様々なことが起こりました。
素早く張り巡らされた安全キャンペーンと不安の狭間で
引き裂かれていく人と人とのつながり。

地 域で、職場で、学校で、家庭の中で
どれだけの人が悩み、悲しんだことでしょう。

毎日、毎日、否応無く迫られる決断。
逃げ る、逃げない。
食べる、食べない。
こどもにマスクをさせる、させない。
洗濯物を外に干す、干さない。
畑を耕す、耕さな い。
何かにもの申す、黙る。
様々な苦渋の選択がありました。

そして今
半年という月日の中で次第に鮮明になってき たことは
事実は隠されるのだ。
国は国民を守らないのだ。
事故は未だに終わらないのだ。
福島県民は核の実験材料にされるの だ。
莫大な放射能のゴミは残るのだ。
大きな犠牲の上になお原発を推進しようとする勢力があるのだ。
わたしたちは捨てられたのだ。

わ たしたちは、疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。
でも、口をついてくることばは
「わたしたちを馬鹿にするな」
「わ たしたちの命を奪うな」です。

福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。
子どもたちを守ろうと母親が父親 が、おじいちゃんがおばあちゃんが。
自分たちの未来を奪われまいと若い世代が。
大量の被曝に曝されながら事故処理に携わる原発従事者を助 けようと
労働者たちが。
土地を汚された絶望の中から農民が。
放射能による新たな差別と分断を生むまいと、障害を持った人々が。

ひ とりひとりの市民が、国と東電の責任を問い続けています。
そして「原発はもういらない」と声をあげています。
わたしたちは静かに怒りを燃 やす、東北の鬼です。

わたしたち福島県民は
故郷を離れる者も、福島の土地にとどまり生きる者も
苦悩と責任と希望を分かち 合い、支え合って生きて行こうと思っています。

わたしたちとつながってください。
わたしたちが起こしているアクションに注目をし てください。

政府交渉、疎開、裁判、避難、保養、除染、測定、
原発・放射能についての学び。
そしてどこにでも出かけ、福 島を語ります。
今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。
思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。

わ たしたちを助けてください。
どうか、福島を忘れないでください。

もうひとつ、お話ししたいことがあります。
それは、わた したち自身の生き方、暮らし方です。

わたしたちは
何気なく差し込むコンセントの向こう側を想像しなければなりません。
便 利さや発展が、差別や犠牲の上に成り立っていることに
思いを馳せなければなりません。
原発はその向こうにあるのです。

人 類は地球に生きる、ただ一種類の生き物に過ぎません。
自らの種族の未来を奪う生き物が、他にいるでしょうか。

わたしはこの地球と いう美しい星と調和した
まっとうな生き物として生きたいです。
ささやかでも、エネルギーを大事に使い
工夫に満ちた、豊かで創造的 な暮らしを紡いでいきたいです。

どうしたら、原発と対局にある新しい世界を作っていけるのか
誰にも明確な答えは分かりません。

で きうることは
誰かが決めたことに従うのではなく
ひとりひとりが、本当に本当に本気で自分の頭で考え
確かに目を見開き
自分 ができることを決断し、行動することだと思うのです。

ひとりひとりにその力があることを思い出しましょう。
わたしたちは誰でも変 わる勇気を持っています。
奪われてきた自信を取り戻しましょう。

原発をなお進めようとする力が垂直にそびえる壁ならば
限 りなく横に広がりつながり続けていくことがわたしたちの力です。

たったいま隣にいる人とそっと手をつないでみてください。
見つめ 合い、お互いの辛さを聞き合いましょう。
涙と怒りを許し合いましょう。
いまつないでいるその手のぬくもりを
日本中に、世界中に広 げていきましょう。

わたしたちひとりひとりの背負っていかなければならない荷物が
途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であって も
目をそらさずに支え合い
軽やかに、朗らかに生き延びていきましょう。


             

 脱原発デモの様子

ドイツではこんな風に放送されてます。所変われば視点も変わるなあと思います。

ちなみに私の住んでいる原発推進国アメリカのメディアでは殆ど取り上げられていません。

ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです


にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



福島の母子集まる
 こんな可愛らしいお客さん、日本からご到着です
SAM_9598.jpg
  震災後に福島県で産まれはった赤ちゃんです。

 飛行機の中でもぐずらず機嫌ようしててくれはったそうな。

       ニコニコ笑ってとても元気!

時差ボケにも負けず、さっそくママと一緒に散歩に出かけて行かはりました〜


私は娘達とコロッケ作り。 
3人で、丸める役、小麦粉付ける役、卵でパン粉役に分かれると作業が早いですわ〜
SAM_9599.jpg
この日は須賀川市、福島市、大玉村から訪れている母子3組と

  ポートランド在住で郡山市出身のゆみさんと、

疎開受け入れもしていたカウンセラーのちふみさんが家に集まりました。

なんだかバタバタと忙しかったので、
食事はコロッケと焼きおにぎりとサラダだけですけど。。。

家族も一緒にみんなそろって いただきま〜す (椅子が足りない ( ̄▽ ̄;)!!
SAM_9604.jpg

デザートはこんなん

ままどおる風 手作り白あんクッキー
長崎かすていら
ゆみさんの作ってくれはった優しい味のカボチャのデザート
SAM_9610.jpg

地階のガラス工房にて  

前回集まった時に皆さんが作らはった作品が仕上ったので披露

        わあ〜こうなるんだあ きれい!



SAM_9613.jpg

子供が小さいと、なかなか自分の為の趣味のような事も普段できませんもんね。

       喜んでくれはって嬉しかったです。



ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ



木曜ママの会
新学期も始まったし、就学児童連れで疎開したはった母子は
皆さん日本へ戻って行かはり、ポートランドへの母子疎開のピークも過ぎました。

私の家では夏の間 毎週 木曜ママの会 を開いて、
母子疎開中のママ達が集い ガラス工芸を体験しながら、
わいわい賑やかに交流してきました。

現在は、少人数ですけど 幼児連れのママさん達が
ポートランドの家庭に、それぞれホームステイしたはります。

昨日は木曜ママの会の日でした。
お土産に持って帰ってもらうと思い、餅をつくりましたよ。
SAM_9389.jpg

できたてのお餅があるので、 ”つゆもち” を作りました。
私の家に滞在してくれはった福島のママから教えてもらった郷土の味です。

初めてこの”つゆもち”を頂いた時,
コクがあって美味しくて感動して、家族にも大好評でした。

これからは我が家の味に仲間入りです。
SAM_9394_2.jpg

それから ちょいと手間をかけて甘さ控えめの さらしあん を作りました。
SAM_9362.jpg

久しぶりに 作ったおはぎ(ぼたもち)です。学校から帰って来た娘達が喜びました
SAM_9388.jpg

昨夜の木曜ママの会には、福島県から幼児連れで疎開中のママさん達と
ポートランドに住む福島県出身の方、
そして私と同じく受け入れをしていた日本人のママが集いました。

ステイ先がアメリカの家庭なので、日本風の食事も少ないかなと思い、

オレゴン風?なんちゃって簡単ちらし寿司も ちゃちゃっと作りました。
西海岸スタイルのよく燻したスモークサーモンや庭の紫蘇なぞ入れてます。

SAM_9390_2_2.jpg

長女は夕食後2件隣の家までベビーシッターのバイトしに行ったので

昨日は次女がベビーシッター担当でした。 
SAM_9393.jpg

SAM_9397.jpg

木曜ママの会では、ガラス工芸の体験をサービスしてます。
福島チームはガラスのペンダントやら,かわいい作品を作ってくれはりましたよ。
SAM_9398_2.jpg

今までお会いして来たママさん達 皆さん言わはります。

「まさか今年 こんなことが起きて 自分が赤ちゃんを連れて飛行機に乗って
海外へホームステイする事になろうとは想像もしなかった。
 大変な事も色々ある けれど、新しい経験や出会いも色々あった」

私も 今まで全然知らなかったママ達と、こうして一緒に過ごしているのは
何とも不思議なご縁やなあと思う時があります。

皆さん子育てだけでも大変な時期やのに、
赤ちゃん連れての避難生活 よう頑張ってきはったなと思います。

中には原発の爆発があった翌日に 赤ちゃんを連れて住み慣れた故郷を離れ
 他県で生活してきはった方もいはります。

そして よう思い切ってポートランドまで疎開しに来てくれはったこっちゃ。

ここに居る間は,少しでも息抜きしてもらえればなあ〜と思います。

そして,疎開できひんかった母子の支援も頑張らなあかんなあ〜と思うのです。


ブログ読んでくれはってありがとうございます。

どれでも好きなんを押してくれはったら嬉しいです



にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ

 にほんブログ村 海外生活ブログ シアトル・ポートランド情報へ

 人気ブログランキングへ

にほんブログ村 美術ブログ ガラス工芸へ